嵐山史跡の博物館見学記7

 タイトルは『東山道と「鎌倉街道」』である。古代の東山道と中世の鎌倉街道が対象である。鎌倉街道が「」書きになっている。鎌倉街道という言葉は近世にはいってからの呼び名であり、中世には上道、下道などと言われていた。現在は鎌倉街道と呼ぶのが一般的である。主に埼玉県内の事例を出土遺物中心で紹介している。第Ⅰ章の東山道と古代道路ではまず東の上遺跡(所沢市)、霞ヶ関遺跡(川越市)など東山道の発掘成果を展示している。次に街道から官衙等を結ぶ主要道路も取り上げている。幡羅遺跡(深谷市)、西別府廃寺(熊谷市)などである。第Ⅱ章の鎌倉街道と中世の道では堂山下遺跡(毛呂山町)、崇徳寺跡(〃)などの出土遺物が出ている。鎌倉街道もルートの変更があった。古い街道にあった行司免遺跡(嵐山町)などを紹介している。第Ⅲ章の幹線道路から古道へである。鎌倉街道は江戸幕府の街道整備に伴い古道と認識されるようになった。近世以降の文献を並べている。刊行物は図録と展示資料一覧がある。

2026年1月9日から3月1日まで開催

2026年1月10日見学

2026年1月17日記